池上本門寺お会式(おえしき)に行ってきました。

2013年10月16日更新 view: 356 view

池上本門寺お会式(おえしき)に行ってきました。

池上本門寺といえば日蓮、幸田露伴、力道山など有名人のお墓があって有名ですが、近くに知人が住んでおりお祭りがあるというので行ってきました。

池上本門寺お会式(おえしき)について

池上本門寺お会式(おえしき)について調べてみました。

日蓮聖人がお亡くなりになられた10月13日を中心に、全国各地の日蓮宗寺院では、お会式(おえしき)が営まれますが、日蓮聖人が御入滅された霊跡である池上本門寺のお会式がもっとも盛大に行われます。
まず、 11日の法要に続き、12日午前10時から宗祖御更衣法要が営まれ、聖人の御衣を夏物から冬物の御衣にあらためます。午後2時からの宗祖報恩御逮夜法要には全国から集まった大勢の参詣者や団参で大堂が埋め尽くされます。 また午後6時頃より、池上徳持会舘から本門寺までの約2キロにわたって百数十講中、総勢約三千人もの万灯練り行列が池上の町を練り歩き、深夜にいたるまで賑やかな一日となります。
 そして、13日午前7時からの、特別説法・臨滅度時法要では聖人入滅時に六老僧日昭聖人が打たれた臨滅度時の鐘にならい、山主の手により静かにそして厳かに臨滅度時の鐘が打ち鳴らされます。(池上本門寺HPより)

http://honmonji.jp/05topic/05event/oeshiki/2013/oeshiki.html

万灯についても調べてみました。

これがお万灯です。 たくさんの提灯がついたお神輿のようなもの。

日蓮聖人が亡くなられた時、庭先の桜(お会式桜)が時ならぬ華を咲かせたという故事から、万灯は紙で作った造花で灯明輝く宝塔を飾っています。
 その万灯を先導するのは、江戸の火消し衆が参拝する折りに始めた纏(まとい)。纏が賑やかに舞い、団扇太鼓と鉦と笛の軽快な音色と共に万灯は進んでゆきます。
 池上本門寺では、例年、全国から集まった百数十基の万灯が、深夜まで池上の地を練り歩き、報恩を捧げています。(池上本門寺HPより)

http://honmonji.jp/05topic/05event/oeshiki/2013/oeshiki.html

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纏(まとい)を使ったパフォーマンスが凄かったです。

「お会式」の賑わい 池上本門寺に30万人

すごい人でしたが、30万人の参拝があったそうです。

10月13日は日蓮聖人がご入滅されたご聖日。弘安5年(1282)9月8日、日蓮聖人は病を癒すため、常陸の湯をめざして身延山を出立され、武蔵野国池上にご逗留、旅の途中で10月13日にご入滅された。今から730年前のことである。爾来、全国の日蓮宗寺院・教会・結社では10月から11月にかけて日蓮聖人を偲ぶ「お会式」が営まれている。
ご入滅の地、東京・大本山池上本門寺(酒井日慈貫首)の12日のお逮夜には午後6時頃から深夜まで約30万人の参拝者がかけつけた。全国から集まった100講中約4千人による万灯練供養が行われ、纏を振る講中の熱気とお囃子、参拝者の歓声が池上の街を包んだ。
翌13日には、酒井貫首を導師に臨滅度時法要が営まれ、大堂内は全国からの参詣者で埋め尽くされた。日蓮聖人ご入滅時に日昭上人が打ち鳴らされたという故事にちなみ、ご入滅時刻の午前8時に酒井貫首が「臨滅度時の鐘」を鳴らすと、参詣者は深く頭を垂れ合掌。報恩感謝のお題目を唱えた。

日蓮宗新聞 より

http://news-nichiren.jp/2011/11/01/2814/

池 上 本 門 寺について

池上本門寺は日蓮宗の大本山で、山号は長栄山、院号は大国院、全国に旧末寺約200ヶ寺を持つ関東では有数の大刹である。

 1282年(弘安5年)9月、病気治療のため身延山を下りた日蓮は、湯治に行く途中で池上衛門大夫宗仲の邸に立ち寄ったが、ここで病気が重くなり、同年10月13日に死去した。
 日蓮の死後、宗仲が自分の邸(約七万坪)を寄進し、日蓮の直弟子の日朗を中心として寺院の建立が図られた。日蓮の七回忌の頃になると伽藍の整備も進み、ようやく本門寺ができあがったと考えられている。
 中世においては関東の有力武士、近世では徳川幕府や加藤清正などの力を得て発展し、寛永の頃に大本山としての役割を持つようになった。昭和20年の戦災で多くの建物を焼失したが、戦後順調に復興し、現在は往時を超える威容を見せている。
寺内には、安藤広重の絵にもなった総門、国の重要文化財に指定されている五重塔、同じく重要文化財の指定を受けている日蓮聖人座像(非公開)をはじめとして、日朗聖人座像(非公開)、東京都の有形文化財に指定されている多宝塔、五重塔とともに戦火を免れた経蔵、慶長年間に加藤清正が寄進したと言われる石段(此経難持坂)、加藤清正供養塔、加藤清正室の層塔、、前田利家室の層塔、日朗聖人の供養塔、紀伊徳川家の墓所など、枚挙に暇がないほどの文化財や史跡がある。新しいものでは力道山の墓所がある。
 行事も色々あるようだが、日蓮入滅の忌日に行われる御会式が有名で、その賑わいは宗教行事としては関東第一と言われている。

   
本門寺と隣接して、大坊本行寺がある。この寺は日蓮の入滅の地である宗仲の邸跡に建てられたもので、本門寺の旧末寺の筆頭に位置する格の高い寺である。

 寺内には、日蓮が身延山から到着したときに使用した井戸、入滅した場所(東京都の旧跡に指定されている)、御会式桜などがある。御会式桜については、日蓮の入滅の時に季節はずれ(10月)なのに花が咲いたという伝承があり、今も10月頃に開花するそうである。余談になるが、秋に開花する桜はそれほど珍しいものではないようで、今は枯れてないが私の通っていた中学校の校舎の脇にも秋に咲く桜の大木があった。

 本門寺および大坊本行寺の周辺には関連の寺院が多数ある。本門寺や大坊本行寺に比べると訪れる人は少ないようだが、たとえば南の院は徳川幕府御用絵師狩野家の菩提寺で、墓所には狩野探幽の墓(東京都の有形文化財)と狩野信孝の墓があり、文化財や史跡は数多い。
 この地は馬込文士村の一角に位置し、川端茅舎の句碑がすぐ近くにある。また大坊本行寺に隣接して池上梅園がある。
 
参考資料:学生社刊 大田区史跡散歩

http://www.asahi-net.or.jp/~uu2n-mnt/kyuseki/honmonji.html

所 在 地 : 東京都大田区池上1-1-1
交   通 : 東急池上線池上駅下車、徒歩15分
    : JR京浜東北線大森駅下車、バスを利用
     山王口から東急バス(上池上循環外回り)に乗り、
    :  "本門寺前"で下車、徒歩10分

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