梅の実をかきり齧りてわらべ歌

2014年5月22日更新 view: 422 view

鹿児島市街より東に山一つ越すと田園が拡がっている。
かつては鹿児島郡吉田町と呼ばれた小さな谷あいの村も、この度の市町村合併で鹿児島市の一部になった。呼称は代わっても風景は昔ながらの懐かしい山里である。
ここに友人が借り上げた田圃があって、日曜日早速下見がてら同道した。
谷底の小さな川沿いに連なる大小の圃場の中ほどの、細長い三せまち、一反ほど。水もきれいで囀りもかしましく、田舎人間の私は心が洗われる思いがした。
一反あれば三世帯の一年を賄うに十分だろう。人間というものは欲張りだから必要を越えて利を得ようとする。それが間違いのもとだと思う。則を越えれば報いを受ける。管理が届かず農薬除草剤に頼ることになる。できれば手植えにしたいと思うが、他の二人の考えもあることだからそうそう自分の考えを押し付ける訳にもいくまい。

ところで「せまち」という言葉、これは方言なのだろうか。
文字変換ができないからもう死語なのかもしれない。おそらく坪とか反という面積の単位も、若い人はピンとこないのではあるまいか。

帰りがけ、「売り家がある」というので立ち寄った。一戸建て、庭付き畑つき田圃付き、約350坪、300万という。ついでに言えば果樹も数本、桃、柿、梅など。数本の梅は実をつけていた。青梅を齧ったら故里の味がした。
私の生家にも大きな梅の老木が二本あって、毎年大きな実をたわわに点けた。俵に数俵もあり、毎年あちこちに配っていたのを思い出した。
ああ、故郷が懐かしい。
「田園将に荒れんとす。何ぞ還らざる。」
やっと出世の手がかりを得た陶淵明は、望郷の念棄てがたく遂に志半ばで帰路につく。そして生涯を故郷に埋めた。
今、故山に埋めて欲しいと願うのは私だけであろうか。

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やまとやかん

私の名前はやまとやかん、通称「やかん」です。 九州の端で農業にいそしむ65歳の独居ロージンです。

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